#03
「おーっす!ミッチー、おっはよー!」
教室に入るなり、浮ついたテンションが襲いかかる。
同じクラスの古賀谷翔だ。
特に何かした訳でもないのに、俺の事を親友と呼んでくれる気のいいやつ。
朝一番のこの瞬間だけは少し苛立ってしまうが、本人もそれに気がついていてやっているからお互い様だ。
「翔さん、そのテンションなんとかなりませんか」
「朝だからこそ、これくらいで良いんだよ!それに、俺はもうテニス部の朝練でバッチリウェイクアップだっての!」
「はあ、そうですか。では、お昼頃にまた改めて」
翔を無視して席に着こうとすると、冗談を笑い飛ばす声と共に、静止の声がかかる。
半分以上本気で言ったんですけどね。
まだ起ききっていない意識の中、翔をじろりと睨んでやっても、やはり効果はない。
「まだ何か用なの?俺、昨日、家計簿遅くまで付けてたから、かなり眠いんだけど」
「相変わらず地味な趣味な!お前…何?それ、花嫁修業?」
「…あー…もうそれで良いわ。お前んとこ嫁ぐから。うん。これで良い?」
「良くねえよ!」
そりゃ良くない。
まだ男同士の恋愛に手を出すほど、人生達観してないし。
「あー、でも、お前、そういえば金持ちだったな…」
「な、なんだよいきなり…」
翔の親は有名ホテルのオーナーだ。
こいつの嫁か…ふむ…
翔の顔をじっと見つめながら、割と真面目に同棲生活を想像してみる。
「ミッチー…そんな見つめんなよ…何だよ…」
見つめられて、もじもじ身体をくねらす翔の姿ははっきり言ってキモい。
死ぬほどキモい。
ついでに、想像した同棲生活もキモかった。
「…ごめんなさい。俺は金持ちと結婚するより、普通の家庭で家計簿付けて暮らしたいから」
「何、何で俺ミッチーにフられてんの」
「俺さ、お金が好きなんじゃなくて、お金を遣り繰りするのが好きなんだ…だから…ごめん」
「何が?」
「お前の嫁にはなれない」
「大丈夫。俺も望んでないから」
「じゃあ、そういう事だから。おやすみ」
そう言って机に突っ伏すと、ゆさゆさと乱暴に身体を揺すられた。
「そういう事ってどういう事!?ちょ、ミッチー!起きろって!」
「マジ鬱陶しい」
「やめて、マジのテンションで突き放すのやめて!マジ怖いから!良い話があるんだって!聞いて!頼むから!」
「土下座して」
「何で?!」
「見たい」
「お前もうバッチリ起きてんだろ!」
「ぐう」
きーきー五月蝿い奴だ。
眉間に皺を寄せて騒音に耐えていると、突然ピタリと翔の声が聞こえなくなった。
あー、やっと寝られる。
朝礼まであと5分。
ぎりぎりまで寝てよう。
「…動物園、ペアチケット」
翔の声だ。
どうやら諦めて何処かに行った訳ではなく、すぐ近くにまだ居るらしい。
「それがどうした」
「…さくらちゃんに」
反射的に顔を上げる。
翔は笑っていた。
こいつには珍しく、穏やかに笑っていた。
「なんで…」
「俺、彼女も姉妹も居ないし」
「でも、」
「かといって、動物園に男と行くのもな」
「そうだけど、」
「細かいこたぁ良いの!ちょうど、この春から中学なんだろ?さくらちゃん」
「ああ…」
「あと、いつも頑張ってるミッチーにご褒美って事で」
「ご褒美って…」
「お前はさ、気づいてないかもしれないけど、案外感謝してんだよ。だから受け取れ」
「感謝って言っても何もしてないだろ」
「してんの!詳しい事話すと暑苦しいからさ。何も聞かずに、さくらちゃんのためだと思って早く受け取れシスコン」
そう言って、2枚の紙切れを渡す翔。
朝日を浴びて神々しさすら纏っていたコイツを、俺はそのとき初めて、イケメンだと錯覚した。
「…お前…良い奴だな」
「前からだろ」
「…今度奢る」
翔は一瞬驚いた様子を見せると、くすぐったそうに笑って言った。
「俺、ダチに奢られんの初めてだわ」
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